ホテル嵐亭の設立は、明治32年に川崎造船所創始者の川崎正蔵氏が現在地に別荘「延命閣」を、また、明治43年には嵯峨遊園株式会社が「八賞軒」を建設したことに端を発しております。
その後、昭和11年には山口玄洞氏、昭和18年鴻池善右衛門氏、昭和28年林原一郎氏が所有し、昭和37年株式会社京都ステーションホテルが当時、カバヤ食品株式会社名義となっていたものを購入いたしました。
京都ステーションホテルは、昭和38年より別館『嵐亭』として料飲営業を開始しましたが、昭和48年宿泊棟及びグリルを増設し『ホテル嵐亭』と改称致しました。その後、昭和60年に結婚式場と宴会場「嵐山(らんざん)」を増設して今日に至っております。
『ホテル嵐亭』は、嵐山、大堰川、小倉山に囲まれその敷地面積は、1600坪におよんでおりますが、明治時代に「上地令」が出される迄は三秀院という天龍寺の塔頭の一部であったことから、敷地内には三秀院時代の樹木が数本残っていると言われております。


川崎正蔵男爵について
川崎正蔵氏は、1837年に商人の子として鹿児島に生まれました。幕末の長崎・大阪・東京に活躍の拠点を移動しつつ、実業家としての才能を発揮いたしました。明治初期の政財界に存在した薩摩人脈を巧みに生かし、官営兵庫造船所貸し下げ等の利権を得て造船所経営に参入しました。この時より神戸に拠点を絞り、川崎造船所(現在の川崎重工)を創設し造船王と呼ばれるようになりました。